2004年10月01日

幼少の砌の火傷--園児の災難--

あれは私が幼稚園に通っていた頃だろうか。
確か年長さんだったから5歳だったはずだ。
当時はファミレスは一般化しておらず、「デパートのレストラン」か
「街中のちゃんとしたレストラン」しかなかったように記憶している。
ある日、都心にある母の実家の帰りだったろうか、銀座だか池袋だか忘れたのだが、
レストランに入ったのだった。
その頃の私は小柄とはいえ、「赤ちゃん用の椅子」を使うほどではなかった。
なにより、私の矜持がそれを使うことを許さなかったのだ。
そんなわけで「大人の椅子」に座り、ハンバーグステーキを注文した。
いや、勿論注文したのは母だったとは思うが。

待つほどもなくウェイターが持ってきた木の板の上には鉄板が乗り、
その上でハンバーグがいかにも熱そうにじゅうじゅうと音を立てていた。
そのウェイターが私の目の前に恭しく(そう思えたらしい)置くのを何とはなしに
誇らしい気分で見ていた。

私の料理は来たものの、家族の料理がそろっていないのでテーブルに体をつけるように
椅子の前のほうに座りなおして母の様子を窺った。
#その辺りの躾は行き届いていたらしい。

ナイフフォークを使っての食事となると、どうしても私が遅くなるのを
承知してたこともあって母は私に、「熱いから気をつけて食べるのよ」と
先に食べていいことを私に告げた。
そうして当時から素直な私は、笑顔で「うん」と大きく頷いたのだ。

さて、話を続ける前に解説を一つ。
やっと「赤ちゃん椅子」を卒業したばかりの幼児の座高とはどのくらいの物だろうか。
実は丁度、胸元にテーブルが来るくらいの高さになる。

その高さで私は笑顔で大きく頷いたのだ。
幼き私の顎の下には熱く焼けた鉄板・・・
結果は言うまでもない。物の見事に火傷してしまったわけだ。
すぐにウェイターがお絞りを持ってきてくれて冷やしたが、驚きの方が強く、
火傷の熱さやら痛さやらは殆ど意識しなかったような気がする。
とは言え、お絞りで冷やす程度では済まないほどの火傷だったのだろう。
当時は未だ、日曜に営業するドラッグストアなどない時代だ。
どこで調達したのかウェイターが塗り薬を持ってきてくれたのを覚えている。
そのときは確か、既に粗方食べ終わっていたのではなかっただろうか。
残念ながら、そのときのハンバーグステーキの味は覚えてはいないのだが。

家に帰って「火傷の特効薬」を塗り直したのが幸いしたのか、次の日にはもう
けろっとしていたとは後に母が語ってくれたことだ。
この「火傷の特効薬」はトフメルという名の塗り薬で、この火傷の数年前から
我が家に常備されている代物だ。トフメルが常備される切っ掛けになった
大火傷については、またの機会に語ろうと思う。
--2002/8/23初出
posted by 性悪狐 at 00:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旧日記の転載
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