2004年12月30日

東京ミレナリオ

行ってきましたが、見てはきませんでした。
顛末はトラックバック先参照で。
http://tarou.blog.ocn.ne.jp/my_blog/2004/12/post_26.html
そうそう、東京の雪景色なんて普段は見られないものを見られましたよ。
posted by 性悪狐 at 21:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2004年12月27日

ネタを作ったら即展開

と言うわけで、禁を破ってネタ展開。
もうかれこれ6年前になるんですねぇ。
1999
これの元を作った頃は未だWebBrowserなんてなかったから手軽に作れたけど。
続きを読む
posted by 性悪狐 at 01:04 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2004年12月25日

筆者風邪が長引いているため

自粛中です。
悪しからず。

posted by 性悪狐 at 01:07 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2004年12月18日

メル友

私にはメル友が何人かいる。リアルで会ったことがない、若しくは殆どなく、
掲示板だけの付き合いではなくメールのやり取りくらいはするという友達。
#ここでメールとは携帯メールではなくPCメールと言うことで。

ある人は、私のWebPageについての質問切っ掛けでやり取りするようになった。
最初のうちは頻繁にメールのやり取りをしてたが用件が片付いてからは疎遠になった。
お約束のように途絶えたと思えた1年後、驚いたことに全く変わらぬ様子のメールが来た。
それ以来、年に一度位ずつメールのやり取りが続いている。彼女の就職、結婚、退職、
転居、妊娠と、節目ごとに来るメールのお蔭で結構身近に感じていたりする。
尤も、育児が始まると恒常的に忙しくなるだろうからもうメールも来ないかも知れないが。

またある人とは、オフ会で会ったこともあり、その後PCメールよりも携帯メールで頻繁に
やり取りするようになっていた。
その友達とは趣味の話や世間話、人生相談などから始まって、長く続くうちに個人的に
会いたいというやり取りするようになった。
結局は、他人との付き合い方のスタンスの違いから会うこともなく、メールも途絶え、
携帯メールも全く来ることもなくなってしまったのだけど。
続きを読む
posted by 性悪狐 at 23:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2004年12月14日

「知らない子」はもういない

NHK教育の小学校中学年向きの道徳番組で「みんななかよし」という歌が流れていた。
昭和60年までということなので、ある程度の世代の人ならご存知だろう。
こんな歌詞である。
--
♪口笛吹いて〜空き地へ行った〜
#問題があるといけないので以下割愛。
##Webで検索すると例によって結構見つかる。
--

さてこの歌、当時の私は「なるほど、余所者は排斥するわけか」と酷く納得した。
みんな仲良くしようという歌詞である。「みんな仲間だ仲良しなんだ」という締めの
歌詞を引用するまでもない。それなのに何故余所者排斥なのか。
当時の私に抽象概念が発達してなかったことといじめに遭っていたことがその理由だ。


改めて歌詞を追ってみよう。
・舞台は空き地。
・「知らない子」がやってきて「遊ばないか」と誘う。
・モノローグ調に「一人はつまらないから仲良しになろう」と。
・後日、空き地に集まったのはみんな仲良しだ。「知らない子」はもういない。

普通に大人が解釈すると「」で括った「知らない子」の意味は明らかである。
「知らない子」はつまり、「知らない」という状態であり特定の個人を指している
わけではない。要は、「誰とでも仲良しになりましょう」、それだけだ。
しかし、当時の私には「知らない子」という特定の個人と思われたわけだ。

その観点に立って歌詞を紐解くとこうなる。
・「知らない子」はもういない。なぜか。追い返したからだ。
・みんな仲間だ仲良しだ。なぜか。追い返すために顔見知り同士団結したからだ。
・ではなぜ追い返したのか。余所者がいきなり誘うなんて胡散臭いからだ。
困ったことにちゃんと辻褄が合っている。
#Webで検索するまでもなく、そう思っていた人が多いことも驚きだが。

ひどい歌だと思ったことは覚えている。でもそれだけに、真実味があった。
性急に仲間になろうとしてもこの歌のように排斥されると納得し、
少しずつ時間をかけてクラスに馴染んでいくように心がけたのだろう。
あまり大きくない学校であったことも幸いして数ヶ月で表面的ないじめは
なくなってたんじゃないだろか。 尤も、卒業前にまた転校したのでそれ以来、
そのときの同級生とは全く会っていないのだけど。
「東京もん」といじめてくれた連中がこの歌をどう聞いたのか、知りたくはある。

posted by 性悪狐 at 19:37 | Comment(4) | TrackBack(0) | ことば

2004年12月10日

ポケットハンド

最近度々某社某工場で仕事していたりするのだが、作業(プログラミング)しながらも
構内放送についつい聞き入ってしまう。
曰く、「通勤途上の事故が多い。」
#物騒な世の中だしねぇ。
「危険に近づかないように。」
#ご尤も。
「滑りやすい路面では特に注意。」
#そりゃそうだ。
「ポケットハンドはやめましょう。」
#ポケットハンド?
「階段を下りるときは手摺りを。」
#って、子供じゃあるまいし。
「自分の安全は自分で守りましょう。」
#だからポケットハンドって何さ。
続きを読む
posted by 性悪狐 at 23:59 | Comment(2) | TrackBack(0) | ことば

2004年12月06日

FIVA MPC-101.5

実は私はWin3.1の頃からノートPCを持ち歩いてたりする。今使っている
FIVA MPC-101が4代目なのだが、中身は実は殆どFIVA MPC-102だったりする。
マザーボード、ハードディスク、キーボードもFIVA102のものだ。

このFIVA102、一度ディスクが死んで修理に出し、某社のサービスが
死に掛けのマザーボードを放置したもんだから半年後に再修理と、
何故か結構修理癖がついている。

その挙げ句に雨の中、ファミレスの駐車場で転んだ私の犠牲になって
液晶パネルと液晶ユニットを支えるヒンジが破損、普通ならそれで
スクラップ行きになる運命を辿ってしまった。

しかしそこでそのままスクラップにしないのがマニア流。
オークションで101を手に入れ、102からハードディスクを移植、
見事現役復帰したのがもう、かれこれ2.5年前。

残った102も、筐体以外に損傷はないので外部モニタに繋ぎさえすれば
使える状態なので自宅用サブ機として利用可能な状態に復旧。
OS載せ換えテスト用にしようとした矢先にハードディスクが死んだのが去年。

そして昨日、101が冠水。何故冠水したかについては割愛するとして
キーボードのみならず液晶パネル裏や筐体内部にまで水が入った模様。
慌ててハードディスクを摘出。件の液晶なし102に繋いで無事を確認して一安心。

水だから乾燥すれば復旧できる可能性は高いものの、可及的速やかに水気を
切る必要がある。そこで今まで手を出し渋ってた全ばらしに挑戦。最初に
液晶なし102で手順を確認して101もほぼ完全にばらせるところは全てばらす。

水滴を拭い、折りよく出してあったファンヒーターの風が軽く当たるように
して数時間乾燥させる。そうして見てると、マザーボードも移植したくなる。
なんせ、僅かとは言え102の方が後発の分だけ処理速度が速いのだ。

しかもばらし済みだから組み立てるときに入れ換えるだけ。キーボードも
摩滅し始めているので気分転換も兼ねて102のキーボードを移植。
かくして(101+102)/2→FIVA 101.5の誕生といった次第。

posted by 性悪狐 at 23:59 | Comment(8) | TrackBack(0) | モノ(item)

2004年12月02日

ラグナの国のLokiSageの冒険

蟻穴での狩りに飽きたときには猪森。
その帰り道にまさかあんなものを拾うとは…w

続きを読む
posted by 性悪狐 at 23:56 | Comment(3) | TrackBack(0) | RO
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。